多頭飼いをする上での最大の悩みと言っても過言ではないのは
『同じように愛せているだろうか?』
ということです。
我が家の愛犬たちは、なんといっても兄弟で性格が全く違うのです。
兄は一人の時間が好きですが、
弟はいつも主と一緒が良いタイプなのです。
そんな距離感が異なる兄弟犬との接し方において
平等とは何なのか?
悩んでしまうことは少なくはありません。
そこで今回の記事では、
- 犬にとっての平等とは何か
- 同じ接し方が必ずしも正解ではない理由
- それぞれの犬に合った愛情の届け方
について考えたいと思います。
多頭飼いにおいて「平等」に愛するとは?

多頭飼いをする上で最も大切なことが
愛情を偏らせないということだと思っています。
お迎え時には先住犬のケアが最優先になるでしょう。
新入りが来たことで主の愛情を奪われたと感じさせないためです。
そしてその後、彼らに同じように愛情を注ぐことは
とても難しいと感じてきました。
筆者の心の中では順番にかわいがるという平等な愛情であっても
彼らにとってはそうは感じていないかもしれないからです。
どちらか片方とスキンシップを取っている際の
突き刺さるような視線を感じたなら
それはもう片方の嫉妬の証である可能性を考えてしまいます(笑)。
しかし主が考える『平等』と彼らの思うそれは
違うのかもししれません。
その理由には、愛犬それぞれが持つ個性と、
飼い主との関係性が深く関わっているのではないでしょうか。
兄弟犬は甘え方や求める距離が違う
一見、主が考える『平等』とは
同じように接すること、同じ時間をどの子にもさいてあげること
かもしれません。
しかしその子によって甘え方や求める距離が違うとしたら
どうでしょうか。
実際、我が家では兄犬は割りと一人の時間を好みます。
夜中や主が気を抜いている時間はパトロールの時間だと
思っている様子で、逆に主が万全な時は自身の爆睡の時間にしているのです。
よって日中のてけゆるタイムは一人で静かに過ごせる場所を探し求め、
ひっくり返って爆睡するのです。
過度なスキンシップも好まず、マッサージは受け入れるけれど
ハグは大嫌いといった感じです。
しかし弟犬の方は違います。
片時も主とは離れたくはない様子なのです。
どこへでもついてくる勢いですし、
抱っこが大好きです。
ご飯も一緒に食べる風に装わなければ
口にしません(笑)。
そのため、もしも彼らに全く同じような接し方をしても
同じように愛情が伝わるとは考えにくいのです。
だとすれば大切なのは彼らを同じように扱うことではなく、
「この子は何をされた時に嬉しいのか」
「どんな時に安心しているのか」を見つけてあげることです。
それぞれの個性を理解することが、
多頭飼いで本当の意味で平等に愛するための第一歩になるのではないでしょうか。
飼い主が感じる「差」を愛犬も感じるとは限らない
兄犬を可愛がっていると弟犬が突進してくることが
よくあります。
逆に弟犬を可愛がっていると兄犬は
じとーっとした視線でずっと見つめてきます。
そんな時には主は『差』をつけてしまったのか?
と意識してしまいます。
「兄犬を多く撫でてしまったのか?」
「弟犬との方が長く遊んでしまったのか?」
という具合に。
でもこの主が感じている『差』と愛犬が感じているもの
というのは少し違う気がしています。
主が懸念してしまう『差』というのは
多くの時間を片方にだけさいてしまったこと
や、多くの回数ボールを投げてしまったなど、
目に見えるものなのです。
しかし愛犬たちにとって大切なのは、
単純に時間の長さや回数ではないのだと思います。
肝心なのは愛犬が不安な時こそそばについている
ことだったり、
一人で爆睡できる環境を与えてくれる
という安心だったりするのではないでしょうか。
そうしてそんな日々の積み重ねは
大切にされている
という自覚を生むのだと思っています。
彼らのどちらかが不安を感じている時、
一時的には、その子の方に多くの時間や愛情をさくのかもしれません。
しかしそれはその時にその子に必要なケアだと言えます。
だからこそ本当の平等とは
いつでも同じ分量の時間や回数を費やすことではない
のでしょう。
それぞれの子が必要としているものを探索し、
その子にあった愛情を届けるということ。
多頭飼いで大切なのはそんな考えなのかもしれません。
同じように接するだけが愛情ではない(体験談)
平等に愛情を注ぐこと
をモットーとしている我が家ですが
実際に多頭飼いを始めて思うのは
頭で考えている通りにはいかないということです。
性格も全然違う兄弟ですし、
仲良し兄弟ではありません(笑)
性格も違えば、主との距離感や甘え方も異なるのです。
ここからは、そんな我が家が思う
同じように接するだけが愛情ではない理由の体験談を綴っていきます。
比べないことが幸せにつながる
兄弟を同時に育てているとまずはじめに
彼らの性格の違いに動揺させられました。
兄犬は一人で過ごす時間が大切で、
が役に弟犬は主にべったりする方が安心できるようでした。
同じように接することにこだわりすぎた筆者は、
お迎え当初の小さな弟犬を心配しすぎたあまり、
兄犬が遠慮して一人になっているのではないか?
など兄弟を比べてしまい、弟のように主にべったりすること
を好まない兄犬の行動の裏をよんでしまいがちになってしまいました。
しかし本当は、兄弟がそれぞれ性格が異なり、
主との心地よい距離感や愛情の受け取り方も違うだけ。
それだけのことなのかもしれません。
ともすれば兄弟の違いに着目するのではなく、
その子らしさや違いを認めつつ、
彼らがそれぞれ自分らしくいられる空間を作り、
心地よい接し方をカスタマイズしてあげることが
むしろ大切な愛情表現なのかもしれないと思いました。
「同じ」ではなく「公平」であること
兄弟とも大切な家族であるという自信は満々な主です(笑)。
どちらの愛犬にも寂しい思いはさせたくないので、
同じように声をかけたり、同じようにスキンシップで接したり
ということを行いたくなります。
それでも平等に接するのと、
公平に接するのとは分けた方が良いのかなと思っています。
例えば【平等】ということが、
全く同じ時間、同じ遊びをしてあげる
という意味だとすれば、
【公平】というのは、
それぞれに必要としていたり喜ぶことを
してあげるのだと考えています。
活発で主と遊ぶのが大好きな弟犬に30分の時間を
ボール投げに使ったとしても、
「今は静かに過ごしたいからほっといて」
というモードの兄犬に対して同じように30分のボール遊びに
誘うことは必ずしも兄犬にとって喜ばしいこととは限らないからです。
だとすれば兄犬には静かで落ち着き安心して爆睡できる環境づくりを
してあげる。
一方で弟犬とはボール投げを楽しむという違う選択がアリなのではない
でしょうか。
一見、違う対応に見えても、彼らのそれぞれが
楽しく、心地よいと思える対応をしていることに
愛情の差はうまれないと思うのです。
だからこそ、多頭飼いだからといって
全ての子に同じような対応をしなければ
と考えすぎる必要はないのかもしれません。
性格の違う愛犬たちに必要なものが違うのは
必然なのでしょう。
彼らがそれぞれ
大切にされている
と思ってくれることこそ多頭飼いにおいての
本当の平等と言えるのではないかと思います。
同じ内容の愛情を届けるのではなく
それぞれに必要な内容の愛情を注ぐことです。
もしも、「ちゃんと平等に愛犬たちを愛せているだろうか」
と不安になったら是非、そんな視点で接してあげてみては
いかがでしょうか。
まとめ|多頭飼いで大切なのは同じ愛情ではなく、その子を見ること
多頭飼いにおいて
愛犬たちそれぞれに平等に愛情を注げているだろうか?
と不安に思われることはあると思います。
それは裏を返せば、どちらかに寂しい思いをさせてしまう
なんてことは避けたいという主の愛情ゆえです。
でも、実際は同じ時間を過ごさなければいけないわけでも、
すべてを同じように与えなければいけないわけでもないと思います。
それぞれ個性を持ち、好みも異なるからです。
だからこそ大切なのは
同じだけの時間と内容をさくのではなく、
それぞれの愛犬が求めていることを見抜くことです。
違いを受け入れ、それぞれの子のありのままを大切にすること。
それこそが愛犬たちそれぞれに平等な愛情を注ぐことなのかもしれません。
完璧に「同じ」を追い求めなくても大丈夫なのです。
静かに寄り添ってくる兄犬の傍にただいてあげた後は、
ちょっと不安になって沢山甘えてくる弟犬を
思い切り撫でてあげる。
そういう積み重ねが愛犬たちにとっては、
自分らしくいられる場所があり、いつでも安心して帰れる飼い主がいる
という幸せに繋がるのではないでしょうか。
多頭飼いだからこそ見えてくるのは
その子だけの甘え方や表情、仕草など唯一無二のもの。
そんな小さくて可愛らしい個性を大切に見つめながら
送る穏やかで幸せな日々が多頭飼いの醍醐味なのでしょう。
